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serial experiments lain を限界まで噛み砕きたい

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アニメが好きだ。
その中でも『serial experiments lain』と『カイバ』というアニメがすば抜けて好きだ。
今回は難解極まりない『serial experiments lain』を限界まで噛み砕いてみたい。
カルト的な人気を誇っているので、これを好きと言っておけばアニメ通ぶれることうけあいである。


アニメop

あらすじを引用する。

コミュニケーション用コンピュータネットワーク端末「NAVI」(ナビ)が普及した現代、中学生の岩倉玲音は、死んだはずの四方田千砂からのメールを受け取る。その日以降、玲音は見えないはずのものを見るようになります。四方田千砂のメールの言葉に興味を持ち、大型の「NAVI」を手に入れるが、それ以降更に奇怪な事件に巻き込まれていく。

物理世界(リアルワールド)と電脳世界(ワイヤード)、二つの世界・二人の玲音(lain)が混濁し錯綜する果てにあるものは?-人は誰しも「繋がれて」いる。私は遍在する。

 

なるほど、わからん。
アニメを最初に観た感想も『はぁ?』だった。
それから思い出すたびに観直し、気づけばトゥデイである。
何度も観てこのアニメの問いかけは『流行の言いなりなら死んでも一緒じゃないか?』
ということではないかと思うに至る。

あらすじを書き直す。

平凡な女子中学生、岩倉玲音(レイン・lain)の物語。ある日玲音は、別のクラスで自殺したはずの知人からメールが届く現象が起こっていることを知る。帰宅した玲音がナビ(パソコン)をつけるとそこにはその知人からのメールが。そこには「肉体を捨てたけど生きている」「ここには神様がいる」と書かれている。どういうこっちゃねん。

その後は現実世界とワイアード(インターネット世界)が歪みながら繋がっていくというお話である。

あ、愛しのあの子と連絡とりたい。
となったとき、家まで会いに行く勇気も車もないのでLINEやら電話やらするだろう。
それすなわち、ワイアードである。ワイヤード=インターネットと考えても差し支えないだろう。

現実よりもネットのほうが色々便利じゃね?と考えた変態プログラマーが
ネット世界と現実世界を混ぜ合わせたろうと考える。彼は新世界の神になりたかったのである。
ネットというのは『意識の集合体』のようなもの。
あれが流行っている、こいつ嫌い、などなど様々だがそれは皆『意識の集合体』である。
変態プログラマーは、『意識の集合体』を『lain』と名づけ、ゆるキャラ化した。
なぜこれでネットの神になれるかというと、地球をゆるキャラ化したから俺地球の支配者。的な発想である。

このアニメは『意識の集合体』のゆるキャラ『lain』ちゃんを野に放ってみようというexperiments(実験)である。
そんなよくわからないゆるキャラは当然世の中にうまく溶け込めない。
梨の妖精ふなっしーがまんま人間の形でクラスに入ってきたのをイメージするとわかりやすいかもしれない。きっと溶け込めない。

さて『意識の集合体』=『lain』ということは、
ネットで流行ってた服を買った=lainちゃんの好きな服を買った。ということになる。
流行りの服を着て、流行りの食べ物を食べ、流行りの音楽を聴いて、流行りの・・・
とやっていくともうそれは自分と言えるのだろうか?自分である必要はあるのだろうか?
全部lainちゃんの言う通りなのではないだろうか。

ここまでくると、あらすじに出てきた自殺した知人の言葉
「肉体を捨てたけど生きている」「ここには神様がいる」という意味もわかる。

全部『lain』ちゃんの言う通りなら、個人の肉体がなくても問題ない。ということだろう。
冒頭の言葉を回収すると、全て『流行(意識の集合体・lain)』の言いなりなら死んでも一緒じゃないか?ということだろう。

物語が進むにつれ、本来ただの人間の意識の集まりでしかなかった『lain』が自我を持ち始める。
この事象を例える。

教室でめっちゃくさいオナラをこいたやつがいたとする。
(うっわーこれめっちゃクサいけど、言ったらあかん。角度的にみて絶対A君がこいたけど、生理現象だから言うのやめてあげよう。)
これが意識の集合体である。

意識の集合体(lain)が自我を持つ。
lain『角度的にみて絶対A君がこいたけど、生理現象だから言うのやめてあげよう!!!』

クラス崩壊である。

こんな塩梅で世界も崩壊しそうになったので、ネット神は『lain』をゆるキャラにするのを辞めようとする。
しかし、関わった人の心には『lain』がいたという記憶がうっすら残ってしまっていたとさ。

『流行の言いなりなら死んでも一緒じゃないか?』

物語の終わりで『lain』は
『個を失っても、個の影響は残り続ける』と言う。

『lain』がいたという記憶がうっすら残っていたということは、『lain』が正しく『個』はとても大切だということ。
死んだらなにも残らないなんてことはなくて、どんな関わりであれ関わった人には影響が残るということ。
意識の集合体、流行が人を流すことがあるけれど、あなた自身も流行を作り出せること。
流行に流されようと、そうでなくても『あなた』が『あなた』あることにかわりはないこと。
『あなた』の行動は『誰か』の心に残ること。

おそらく、そんなアニメ。おそらく。
噛み砕くとか言っときながら、とんでもない量書いてしまった。
最後まで読んでくれた方、本当にありがとう。
誰かが興味を持って『serial experiments lain』を観てくれたら、幸い。
誰かの『lain』になりたい。

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